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エッセー集 イタリア散歩道

イタリア教育事情概観

田邊 敬子
Le Ali 11号

イタリアの教育制度は1860年にイタリア国家が統一され、近代国家の諸制度が発足していく中で、カザーテイ法という、1859年に制定されたサヴォイア王朝の中央集権的な教育法を受け継いで発展してきました。

その後、1923年、ファシズム政権の登場に際して、ジェンティ―レ教育大臣はイタリアの教育制度を抜本的に再編成しましたが、様々な部分的変遷を経ても今日なお、このジェンティ―レ改革がイタリアの学校制度の根幹をなしているといっても過言ではありません。

イタリアの学校制度は第二次世界大戦後、1948年に共和国憲法に基づいて5年間の小学校scuola elementare(6~11歳)と3年間の中学校scuola media(11~14歳)が義務教育になっていますが、1962年に統一中学校法が制定されるまでは、下級中学校(前期中等教育)以上は複線型になっていました。つまり上級学校に進学しない生徒には中学校に平行して簡単な手仕事の職業課程(工員および手工芸職人養成)が設けられていました。進学者に対しては中学校の卒業資格(国家)試験licenza mediaを経て、さらに複線型の後期中等教育が用意されています。5年制の文科と理科高等学校(liceo classico e scientifico)と工業技術高等学校(Istituto tecnico industriale)、師範学校(Istituto magistrale),職業技術学校scuola professionale(2~5年)のほか、美術学校(7~10年)や音楽学校(4~8年)があります。

1960年代までは大学進学は特定の高校卒業生に限られていましたが、現在では中学校卒業資格を取得すれば、入学試験なしにどの高校にも進学することができます。1968年の学園紛争を経て、1969年には大学進学がすべての高校卒業者に解放されています。しかし、高等学校の卒業資格(国家)試験maturita’ のほかに大学入学試験を課している特別な大学の学部もあります。一般的には入学してから後のことを考慮して、自主的に進学先を選択しているようです。

憲法第34条義務無償原則に基づく8年間の義務教育をすべての者に平等に保障するために、さらに1973年には成人(勤労者)課程が設置され、1974~77年には障害者のための特別学校が普通学校へ統合されました。(また1978年には公立の精神障害者施設廃止)

その後の教育改革の主な動きをみると、1979年に中学校の新指導要領が改定され、小学校の指導要領は1985年に改定され、幼児学校保育指針は1991年に改定されました。また、1991年には遅れていた教員養成制度も大学の新教育学部に整備されました。1974年に地方自治法が制定されたのに伴い、1976年に学校評議会(代議員法令decreti delegati)が制定されましたが、実際には教育の自治は90年代になってからで、1992年法と1997年(59号と196号)法によって実現することになります。

大学改革は90年代から始まりました。イタリアには60以上の国立大学と250以上の学士号を与える課程がありますが、2000年代には短期学士号3年課程が導入され、入学者の5%がこの課程で学んでいます。しかし、最高の高等教育は4年制課程(ただし、工学部、建築学部は5年制、医学部は6年制)とこれに続く大学院修士課程、博士課程があります。

高校進学者は60年代には30%に過ぎなかったのですが、今では95%が進学しています。しかし、選択した学校によって進路はかなり異なり、高校入学者の3分の1強、技術学校入学者の半数は5年生になるまでに留年したり、途中で退学してしまうので、全体として後期中等教育進学率は65%ほどです(60年代は20%でした)。ルネッサンス以来の人文主義の伝統を重視したイタリアの後期中等教育のレベルはかなり高く、内容が充実しているということは、すでに中学校の教科書を日本のものと比較してみてもよくわかります。中世以来の伝統ある大学についても同様のことが言えます。大学卒業者をドットーレdottore と呼ぶゆえんですが、高等教育(大学)進学者に占める中途退学者の割合が50%を超えています。

イタリアでは私立学校は非常に少なく、私立学校の生徒は全体の10%程度です。イタリアの学校は高校修了までに13年間で、他のヨーロッパ諸国の12年制との整合性を図るという問題があり、1999年に新法案が可決したものの、実現可能性という点ではさらに難しい問題を抱えています。加えて出生率の低下に伴い、将来の変化にも適応しなければならないので、学校制度の歴史と現状を複雑な流動的社会システムの中で、完全に提示することは容易なことではなく、不可能といったほうがよいのです。

1957年にヨーロッパ共同体がローマで誕生して以来、EU成立(1992-93)、OECDの進展、拡大に伴い、イタリアの移民は北欧への流出よりも、近年30年間は東欧、北アフリカなどからの移民の流入が激増して、教育のあり方にも、大きな課題をもたらしています。イタリアの教育制度について最近の事情を今年4月に早稲田大学であった講演会で、パレルモ大学のパンパニーニ教授に聞く機会がありましたが、この講演の後で、教授と個人的に話した折に、「イタリアの教育事情を語るのはいつも戸惑いを覚える」と小声で私に言われるのを聞いて、イタリア教育史の研究者として、いつもあまりに複雑な事情の全体的な把握に苦労して来た者として、共感を覚え、つい微苦笑してしまいました。彼の講演は主として、EUあるいはOECDとの比較でイタリアの教育事情を述べたものでしたが、イタリアをG8の中で比較するよりも、地中海世界の中に位置づけて今日の世界的経済危機の中で、真に実質的民主主義のあり方を考える視点を提示することこそ、イタリアの豊かさと福祉の誇りとするところではないか、と締めくくられたのにはさすがに南イタリア在住の研究者の視点だと、感銘を受けました。

あまり余白がありませんが、ここで少し、最近の法制を補足しておきますと、幼児学校は2歳半から登録でき、5歳児の大多数が幼児学校(幼稚園)に通っています。小学校は5歳半から任意で、6歳からは義務制です。1年生から英語または他の欧州1カ国語とコンピュータの初歩の教育科目があり、5年生の卒業試験は廃止されています。3年制の中学校では第2外国語と情報技術が加わり、卒業試験があります。世界的に注目されている傑出したレッジョ・エミリアの幼児教育など、また機会があればお話してみたいと思います。

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