エッセー集 イタリア散歩道
里言葉のるつぼ
- 東城 健志
- ペルージャ外国人大学 日本語科講師Le Ali 8号
私は現在ペルージャ外国人大学の学位取得コースで、外国語科目のひとつである日本語を教えています。イタリアの大学では、教員と学生がお互いにLEIを使って呼び合い、常に距離を保って接するのが普通なのですが、私たち語学講師は彼らと比較的フランクな付き合いをしており、教室の内外でざっくばらんなお喋りに興じる機会も少なくありません。そこでしばしば登場するのが、地元ペルージャの言葉の物真似です。特に他の地方から来ている学生は語彙や発音の違いに敏感で、それらを少し誇張しながらCiao, cocco!(ciao, caro!)などと上手に真似る学生がいたりすると、場所をわきまえず皆で大笑いをすることもあります。
そんな彼らに、「君にとって典型的なペルージャ弁とは?」と尋ねてみたところ、あるフリウリ出身の学生は「自分のイタリア語には無い表現」としてen’ colpo(accidenti!) が印象的だと言い、またナポリ出身の学生はfrégo(ragazzo)を挙げて、ついでに「それをナポリではguagliòneと言うんだ」と誇らしげに教えてくれました。
いっぽう地元ペルージャの学生に同じことを質問してみると、さすが地元っ子、N’el so(Non lo so)「知らないよ!」、Daje(dai)「なあ・おい・頼むよ!」、Argimo (andiamo a casa)「家に帰ろう…と、まさに止まるところを知りません。さらに先述のfrégo(ragazzo)についても、ragazzoと同様に女性形fréga(ragaaza)や複数形fréghi(ragazzi)が存在することや、意味の上でもragazzoがfidanzatoの代わりに用いられるのと同じで、例えばla sua ragazza 「彼のガールフレンド」のことをペルージャの若者はla sua frégaと言うのだ、と細かく説明を始め、挙句の果てにはFrégo, te frega se te frego’n la fréga? No, perché tal frégo glie rifrego la fréga (Ragazzo, ti importa se ti rubano la ragazza? No, perché al ragazzo gli rirubo la ragazza)「なあ、もし誰かがお前の彼女を盗ったらどうするんだ?どうもしないよ、だってそいつの彼女を盗りかえしてやるからね」などという、動詞fregareをも取り混ぜた複雑怪奇な早口言葉まで飛び出す始末でした。
こんな魅力的?な言葉と出会えるのはもちろん大学の中だけではありません。ペルージャの中心街を散歩していると、地元言葉を上手に使った店名の書かれた看板があちらこちらに見られます(写真参照)。学生たちの溜まり場にもなっている居酒屋BULOの名前は若者言葉の代表といえる形容詞bulo「クールで格好良い」から、またオステリアDAL MI’COCCOはイタリア語dal mio caro「私の愛しい人のところ」の訛、そしてバールKEFè にいたってはcaffè「コーヒー」とChe cosa fai? 「なにしてるの?」のペルージャ訛Che fé?をかけている、といった具合です。
私が一外国人としてこの町に住み始めてからすでに10余年になりますが、まだまだ楽しみは尽きません。幸いペルージャの方言については『Vocabolario del dialetto perugino 』(Catanelli Luigi著. Tibergraph出版, 1995年)のような専門の辞典もあることですし、また最近流行している動画サイトYouTubeでdialetto peruginoと入力してみれば、有名な映画やドラマを“ペルージャ語訳”した自主制作の作品を楽しむこともできます。無論ごく個人的な興味に過ぎないものですが、自分が暮らす土地の言葉についての探求は今後も続いていきそうです。