エッセー集 イタリア散歩道
イタリアに魅せられて~
- 松山 恭子
- LCIイタリアカルチャースタジオ代表Le Ali 30号
イタリアへの関心は、90年代に次々とオープンしたイタリア料理店に足しげく通ったという安易な動機からだったのですが、『ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(トスカーナ州モンタルチーノ地区の赤ワイン。イタリアの三大赤ワインの一つ)』を初めていただいた感動は今でも忘れられません。その後、仕事で偶然にもイタリア人との交流があり、その家族想いなところや優しさを知ったことから、イタリアの人、衣食住に触れたいと、仕事を一段落させてイタリア留学を決断しました。それを皮切りに、イタリアはすっかり私の人生の基盤となったのです。
最初に過ごしたトスカーナ州のシエナでは、食習慣の違いに驚かされました。その一例をご紹介します。ホームステイ先のマンマが、毎晩寝る前にタルトやティラミスを作り、それを翌日家族の皆が朝食にして、カッフェラッテ、ヨーグルト、フルーツと一緒に食べます。「甘いものを食べて一日を始めるエネルギーを養うのよ」。あっという間に慣れて、すっかり気に入りました。ランチでは建築家のご主人が帰宅し、一緒に食事します。夕食は20時頃から今度は子供たちも学校から帰ってきて皆で食卓を囲みます。今では日本でもテーブルにサラダボウルを置いて取り分けするのは当たり前の風景となりました。セコンドのお肉料理やコントルノ(付け合わせ)のホウレンソウ炒めなどもお鍋やフライパンごとテーブルに運ばれ、各自が回してお皿に食べたい分量だけをよそったり、誰かが取り分けてくれたりします。流れとしてはプリーモを食べ終え、そのお皿を下げてからセコンドが取り分けられ、一皿ずつ食しますが、その習慣がすっかり身に付いた私は、和食でお皿が幾つか並んでいても、気付くと一皿ずつ食べてしまう癖がついてしまいました。
またフィレンツェでは、ペッレグリーノ・アルトゥージ(エミーリャ=ロマーニャ州フォルリンポーポリ生まれ、1820~1911)のレシピ本を参考に料理してくれたマンマに出会いました。アルトゥージはイタリアで初めて各地の郷土料理のレシピを集めて出版した人物で、そのレシピ本は100年以上経った今でも世界中で翻訳され、売れ続けているそうです。彼はレシピを再現しただけでなく、各地で表現が異なっていた料理用語の統一化に貢献した人でもあります。郷土料理は、その土地の言葉や文化に根付いたもので、奥深い分野です。私はすっかり魅了され、今ではエノガストロノミーア(地産ワインや郷土料理)の旅を毎年企画し、昨年はサルデーニャ島に生徒さんたちをお連れしました。目的は生徒さんたちと現地の方との文化交流。つまりその土地を知ること、その感動を伝えることです。現地に行くと、毎回印象的なのが、出会う人、皆が口をそろえて「イタリアには良い所がたくさんあるけど、私の町が一番だよ」と郷土愛を声に出して伝えることです。その点は日本人とまるで異なり、イタリア人の故郷を愛する強さを感じさせるものです。日本人の食文化は国際色も豊かで毎日いろいろな食事をいただきます。一方、イタリアでは、今でこそファストフード、中華、スシなどのお店も見られますが、イタリア人は基本的には郷土の素材を毎日口にし、意外と質素な食生活を送っていると感じられます。しかし、テーブルでは家族や友人との会話が飛び交い、一番好きな地元の料理を食べることで満足感たっぷりの様子がうかがえ、そこには真の豊かさが感じられます。イタリアを訪れる度に「真の豊かさとは何でしょうか?」とつい自問したくなります。
実際にイタリアで暮らし始めると、戸惑うことばかり。日本では当たり前のことが、うまく回りません。その最たる原因は言葉。それ以外に文化や習慣の違いから生じるものも少なくありません。留学生は自ら希望してその“違い”に飛び込んだはずですよね。にもかかわらず、イタリアで、日本の生活習慣などをそのまま当てはめ、もがいていることに気づかず過ごしがちです。結果、悪循環に陥ってしまう人もいます。イタリアに留学する人は、何かしらイタリアに関係することに興味を抱いていて、双方の違いにはとっくに気づいているはずです。それに不便を感じることがあるのなら、「日本は便利だ」と捉えれば良いのです。困っているなら、気持ちを表に出すこと。能面のような日本人は、表情だけではなかなか思いが伝わりません。積極的に助けを求めましょう。困難を辛さや障害としてただ捉えるのではなく、新しい発見だと思い、この“違い”を楽しむようにしてください。興味があることには、柔軟性があり、吸収力も早いですから、覚えるスピードは一層加速するに違いありません。
こうしてイタリアへの好奇心から発展し、徐々に仕事へと繋がりました。始めはイタリア語教室の運営から出発したのですが、続いて自らの研究テーマ、郷土料理の講座の開催にも取り掛かり、その料理講座に合わせるイタリアワインについても、イタリアから講師を招いてソムリエコースを年1回行うようになりました。やはりイタリア語で直接学べることは、日本の授業スタイルとは異なり、イタリア文化に根付いた内容であることがとても気に入っています。
さらに人との結びつきから、『スクオーラ レオナルド・ダ・ヴィンチ(フィレンツェ、ミラノ、ローマ、シエナに拠点を置くイタリア語語学学校)』の留学窓口を請け負うようになりました。この学校のスタッフもまた、日本のことを理解しようという大きな心で私たちの要望に耳を傾け、毎回彼らの忍耐深さを実感致します。最近の留学傾向を見ると、イタリア語だけを習得されたい方以外に、音楽、絵画、ファッション、料理といったイタリアの芸術や文化を身に付けることを目的としてイタリア語を学習される方が増えてきています。イタリアの創造性の素晴らしさは世界一だと実感しています。そのような本場で学べるのは、これ以上ない有意義な機会ではないでしょうか。日本人の緻密さや計画性とイタリア人の創造性を足してニで割るとバランスが良いとよく笑って話しています。確かにイタリア人は仕事の進め方にもそれは表れていて、プロジェクトを事前から準備するのは得意ではないようですが、それでも最後にぎりぎりになって、結果を出せる、上手く出来てしまうところにはいつも感心させられています。
留学中には、思いも寄らぬことや期待外れなことも起こり得ます。そこはイタリア人の考え方に沿って、「今を大切にすること」が得策のようです。つまり、あまり過去に遡って原因を追究するというよりは、現状において出来る範囲で納得できる方法を探していくという考え方です。留学される生徒さんにいつもお話しするのですが、イタリアという国は門戸が広いと思います。さらにイタリア人は優しさと忍耐を持ち合わせているので、要望を伝えていくことで、実現できる可能性は高いと思われます。しかし、決して向こうからチャンスを与えてくれる訳ではなく、自分から積極的に前に出る必要があります。自分の意思を言葉で発することができれば、彼らはきっと応じてくれるはずです。もちろん、タイミングなどの要因もありますが、実際、生徒さんからも「希望を根気よく伝えたことで、こんなに素晴らしい体験ができました!」とフィードバックをいただいています。 言葉は"魔法"です。自分の想いが相手に伝わる"魔法"。ですが、一歩間違えると思わぬ方向に進んでしまうこともあるので、上手に、有効的に使える"魔法"を生涯かけて、磨きあげていくことが必要と思っております。