エッセー集 イタリア散歩道
<イタリアのみちょぱ>
- イタリア語翻訳家
京都ドーナッツクラブ - 二宮 大輔
Le Ali 38号
フォリアーティはイタリアのみちょぱだ。イタリアで現在、人気の女優ピラール・フォリアーティ(Pilar Fogliati)が、日本のTVタレント、池田美優ことみちょぱにそっくりなのだ。
まず、これからフォリアーティについて力説する私自身の紹介をしておきたい。肩書としては、イタリア映画に関して文章を書いたり、字幕をつけたりする翻訳家。15年ほど前、ローマ留学中、友人にビデオで見せてもらったB級コメディをきっかけにイタリア映画にのめり込んだ。日本に帰国したタイミングで、イタリア映画祭のカタログ執筆の依頼を受け、さらに未公開の新作映画を好む傾向が強まる。それ以降、友人たちと映画館で新作映画の上映会を企画するなど権利の交渉にも携わっている。
そこで、知られていない俳優を日本に紹介するときのやり口として、「この俳優は日本で例えると〇〇」という文言を用いることが多々ある。もちろん、日本の俳優に例えてしまうことで、うがった先入観を助長したり、その俳優の個性やオリジナリティを正しく伝えられなかったりという問題点もある。だが、それを補って余るほど、宣伝効果抜群なのだ。ゆえに、もはや一種の職業病のような感覚で、新しい俳優を発見すると「日本で例えると誰だろう」と、自動的に考えるようになってしまった。(写真:クリスマスが近づくとイタリア各地でクリスマスマーケットが開催される)
というわけで、ピラール・フォリアーティである。1992年、ピエモンテ州アレッサンドリア生まれだが、育ったのはローマ市の北東約20キロに位置する小村メンターナ。ピラールという変わった名前は、ポーランドからアルゼンチンに移住した父方の祖母から受け継いだものらしい。十代のころから演技に興味を持ち、国立演劇学校を卒業して芸能界入り。TVドラマを中心に活躍し、2019年、人気テレビ番組X Factor(リアリティ音楽オーディション)の裏側を追ったXtra Factorの司会を務めて大ブレイク。2023年には自身が監督を務めた初の長編映画『ロマンチックな女たち(原題Romantiche)』も公開された。
演劇を学び、女優としても活動していることを考えると、みちょぱのイメージからは離れるが、それでもバラエティー番組で人を笑わす能力に長けた美人というポジションは、みちょぱにかぎりなく近い。例えば、人気に拍車をかける一因として、ローマの高級住宅街の女性と郊外住宅地の女性の違いをフォリアーティが演じたモノマネ動画がある。友人が携帯で録画して後にYoutubeに投稿されてバズったこの動画もまた、みちょぱと同じく、フォリアーティの芸能人としての能力の高さをうかがわせるものだった。
そんなフォリアーティの出ているドラマが、なんと日本のNetflixでも視聴できる。2022年の『イル・ナターレ:クリスマスなんて大嫌い(原題Odio il Natale)』という作品で、元彼のことを引きずるフォリアーティ演じる主人公ジャンナが、クリスマスまでに新しい彼氏をつくって家族に紹介しようと奮闘するラブコメディだ。万国共通のわかりやすいストーリーが、ヴェネツィアとキオッジャのロマンチックな街並みを舞台に展開する。もともとはノルウェーのNetflixオリジナルドラマだった作品を、イタリア版に脚色した。このあざといNetflixのやり口については、私も思うところがあるが、フォリアーティはじめ、現役バリバリの俳優たちが、Netflixオリジナル作品に出演し、キャリアハイとも呼べる名演を披露しているので、見過ごすわけにはいかない。(写真:ドラマの鍵にもなるキリスト生誕生を再現したミニチュア「プレゼーピオ」(ローマ、サン・ピエトロ広場))
さらに言うと、作品の質は別として、複数言語の字幕や吹き替えに切り替えられるというNetflixの特性は興味深い。『イル・ナターレ』では、クリスマスが近づくのに一向に彼氏のできないジャンナが、馴染みのバーで女友達たちとウォッカを飲み干す。飲み干す前にみんなで唱える合言葉が”In alto, in basso, Natale, che spasso.”だ。「最高でも最低でもクリスマスを楽しもう」といった意味合いで、“basso”と”spasso”で韻を踏んでいるところもなかなか粋だ。この台詞の日本語吹き替えが面白い。「天国 地獄 クリスマスは過酷」。”In alto, in basso”を天国と地獄に置き換え、しかも「過酷」できっちり韻も踏んでいる。機転の利いた素晴らしい翻訳だ。
このように、Netflixでは気になったフレーズを複数言語の字幕や吹き替えで繰り返し視聴することができ、そこには面白い発見もある。もしかするとNetflixは優れた外国語学習教材の機能も持ち合わせているのではないだろうか。まるでNetflixとイタリア語検定協会両方の回し者のようなまとめになってしまったが、来るべきクリスマスを前に、イタリアのみちょぱでイタリア語学習というのも悪くないかもしれない。