エッセー集 イタリア散歩道
イタリア語検定のあらたな30年にむけて
- 東京大学
- 土肥 秀行
Le Ali 39号
広報誌Le Aliの長年のファンとして、今回の巻頭コラムを担当でき、うれしく思います。お世辞ぬきで、これまで毎号たのしみにしてきました。目玉の巻頭コラムと語学コラムは、公式サイトに過去分のほとんどが公開されていますが、伝統的なイタリア語学の幅広さをつたえてくれる菅田茂昭さん、イタリア語の難しい問題をさらっと解説してくれる白崎容子さんの回は特におススメです。ベテランのあじわいをかみしめてください。受験体験談もいいですね。こんなふうに自分なりにがんばっているひとたちがいるんだと、一般の方々のイタリア語熱に感動すらおぼえます。Le AliはまるごとPDF版をサイトからダウンロードすることも可能です。
タイトルに使われているala(「翼」、単数形)がいいですね。いかにもイタリアらしいですし(かつてアリタリアという航空会社がありました)、複数形はle ali(aleではなく)と不規則であるのが勉強になりますし、回文palindromoをみつけるたのしさもあります。
まずはもちあげておいて、本稿では「どうしたらイタリア語検定をさらに盛り上げられるか」考えてみます。主に協会に対してきびしいことを書くのは愛情ゆえと理解ください。検定がはじまったばかりのころ(30年前!)、新しさに心ときめき、1級をうけたところ、あえなく不合格となりました。浜松の大学で語学を教えはじめてから、学生の範たるべく再チャレンジし、ようやく1級に合格いたしました。だから僕は検定に愛着があるのですが、一般に大学と検定の相性はよくありません。全国の大学にはイタリア語を学んでいる人はたくさんいますが、教員はイタリア語検定を受けるようすすめません。なぜなら①大学は検定用の授業をしていませんし、②検定は国際的な基準に準じていませんし(ネイティブ教員からは総スカン)、③なにより教員が検定を受けたことがなく知らないからです。(写真は詩人パゾリーニの生家)
①については、過去問や問題集のおいてある大学の語学センターや図書館の外国語コーナーで学生個人で対策してもらうしかありません。②については、検定がいくら日本式とはいえ、CEFRとの対応表でも作って、「閉じていない」印象を与える工夫を協会はすべきでしょう。他の言語の検定が対応表を掲げ、「1級はC1~C2程度」と示しているように。③については、プロのあいだへの浸透を協会が試みないといけません。協会が個別の大学に対する割引(たとえば団体割引のような)を導入すれば、教員と学生への刺激となります。イタリア語学科のある大学での検定対策コースとセミナーの共同開発に、協会が携わるのも手です。
検定のメリットも、協会としてじゅうぶんアピールください。いまや、大学の推薦入試にも使えます。僕が以前勤めていた立命館大学の文学部は、イタリア語検定4級をもっていれば、平均的な評定で入学できます。ただし高校2年の10月には検定4級を受けないと推薦受験には間に合いません。
あと重要なのはイメージの問題で、「実用」イタリア語検定の「実用」を省いてもいいかもしれません。むしろ実用でないからこそイタリア語はすばらしく、めいめいが自分らしい動機付けでイタリア語学習にむかいます。略号の「伊検」(HPもiken.gr.jpですが)も、なんだか英検を連想させオリジナリティがなく、いささか時代遅れに響きます。英検的響きを避け、国際基準の検定に似せるように、アルファベット四文字の略号にしましょう。ALIT=Abilità Linguistica di ITaliano(「イタリア語力」といった意味ですが)はどうかなあ(「イタリア語検定協会」はAssociazione Linguistica Italianaとはならないと思います)。「口臭」alitoを連想させてしまい、いまいちなのですが…
(写真は、ボローニャのファリーニ通りのブティック街です。街の名物アーケードに天井画が描かれていて豪華です)
それとイタリア文化会館や大使館といった公的機関とつながってもよいでしょう。目的は同じなのですから協力しあえます。検定が「日本的」なイメージを薄めないと先細りになるばかりです。
最後に、わたくしごとで恐縮ですが、僕がいま教えているところは、2025年4月に名称変更し、「イタリア語イタリア文学研究室」となります。この30年ほど南欧語南欧文学という名でやってきましたが、今後も日本のイタリア文学研究拠点であり続けるために、思い切った改革が必要と考え、まずは名称から変えることにしました。そうして創設50周年となる2029年に備えていきます。われわれはイタリア文学のプロを育成する機関ですが、イタリアのファンを育て増やす場としてのイタリア語検定を応援しています。そして互いに支えあっていければと思います。
写真は、とってつけたようですが、これまで博士の学生として、非常勤の教員として住んだボローニャの街角より。イタリア語やラテン語で書かれたプレートを読みながらぶらぶらするのはたのしいですね。(待ち合わせは、市庁舎の壁に影の映るネットゥーノで)