みんなの受験体験談
7度の挑戦を仕事のパワーに
- 李 閏蓮
- 第41回2015年秋季 1級合格
イタリア語検定1級合格。思えば、長い道のりだった。2007年からのチャレンジで7度目の正直により、2015年12月ついに合格。第1回目のことは、今でもよく覚えている。2級を受けるついでに試しに受験したのだが、結果はもう惨敗。3つのセクション(リスニング・文法・作文)ともなんの手ごたえもないまま見事に散ってしまった。
それから合格までの8年間、2度にわたるイタリアへの長期留学を経験した。思うに、イタリア語の上達の決め手となったのは、現地でコミュニケーションなどの実践を積むのはもちろんのこと、イタリア語による読書と、気に入った短・中編小説を日本語に訳すといった学習方法だったように思う。
イタリア語を読む、書く、日本語に訳すために徹底的に調べるといった作業を、毎日繰り返して行った結果、ふとした場面で単語を覚えていたり、会話をする際にも以前より言葉が淀みなく出てくるようになった。それだけではない。話している最中に文章を考えたり組み立てる余裕すらでてきた。イタリア語そのものに身体が馴染んできた、そんな感じだった。「習うより慣れよ」とはよく言ったものだと思う。読書と翻訳による成果が自分でも知らないうちに目にみえて現れるようになった。
その時に感じたのは、外国語というものは、ひとつの単語に単に数回だけでなく、それこそ何十回、何百回と接してはじめて自分のものになるのではないかということだ。そういえば、学生の頃にとっていたイタリア語の授業で、今でも印象に残っている、ある教授の言葉がある。「語学の勉強は机に向かって辞書をひきながらひとりでするもの。それ以外に上達の道は無し!」確かそんなような内容だったと記憶している。もちろん先生のこの言葉は、すべての学習者にあてはまるという訳ではないが、それでも外国語習得の核心をついていると思う。
さて、自分なりの勉強方法で全体としてのイタリア語のスキルは上がったが、かといって1級に受かるかといえば、そうは問屋が卸さなかった。読書で培った単語力で何とかなるだろうとタカをくくっていたが、実際にはそれほど甘くなかった。
留学のおかげでリスニングの能力は飛躍的に伸び、作文については平易な文章でも自分の知っている言葉で正確に書くことで満点を得られるようになっていた。ただ文法のセクションで思うように点数が伸びず、毎回足を引っ張られることになった。ごまかしが利かない。詰めの甘さが結果にもろに露呈してしまう。あと数点というところで何度悔しい思いをしたことだろう。
思えば基礎的な文法の知識が不足していたのはもちろん、接続詞や前置詞、言い回しなどの表現に関する知識も圧倒的に少なかった。合格するには、「何となく」ではない正確な知識が求められるのだということを実感した。
私が特に苦手としていたのは、過去の推測に用いる直説法先立未来や、指示代名詞ciの用法、遠過去・大過去・前過去などの区別、非人称のsiを用いた過去形や、受身的用法のsiと代名小詞neの複合形などだ。ただし文法問題においても単語力は問われるので、文法のみに力を注ぐのではなく、イタリア語の全体的な基礎力を上げ、すべてのセクションにおいて、時間をかけて少しずつでも着実にレベルアップを図っていくことが大切なように思う。また文法を克服するためにも、過去の試験問題はたいへん参考になるので、できれば過去数年分の問題にあたるなどして備えておくのが得策だろう。
そうして晴れて念願の1級を手にしてからは、かねてからの夢だったイタリア語を活かせる仕事にも就くことができた。現在はイタリア製のインポート衣料を輸入する会社で働いている。メールと電話によるイタリア企業や現地の工場とのコレスポンデンス業務、クライアントが来日した際の通訳がおもな仕事内容だ。時として服のパターンや仕様書をイタリア語に訳すこともある。そんな時には、初めてお目にかかるアパレル専門用語を前に、辞書やインターネット等さまざまなツールをフル活用。まさに格闘だ。というのも、訳しだいでは実際と異なるサンプルがあがってくることもあるので、気を抜くことはできない。
どの仕事にも共通して言えることだが、この仕事においてもコミュニケーションがとても重要な位置を占める。なぜなら日本人スタッフの言わんとすることを、翻訳者がきちんと理解していなければ、訳してイタリア側に正確に伝えることができないからだ。また同じ日本語でも話す人によってクセがあったり独特の表現や言い回しをすることがあるので、まずは相手に確認をして訳者自身がよく理解するよう努めることが大切だ。その上でイタリア語でしっくりくる言葉や言い回しを探して訳文を作り上げていくことになるが、ぴったりとくる訳が仕上がった時の達成感と爽快感は何ものにも代えがたい。
またスタッフの国民性の違いから軋轢が生じ、双方の板ばさみとなることもある。そんな折にはナポリで学んだL'arte di arrangiarsi(どうにかこうにか切り抜けること、処世術)をここぞとばかりに発揮し、うまく収まるよう、仕事が円滑に進むようにと奮闘している。よくイタリアの人々は何事にもルーズだなどと言われているが、共に仕事をする上で、大らかで親切、また伝統を重んじる職人的な気質など良いところもたくさんあるので、互いに認め合い協力しあっていくことが大切だと思う。
1級合格から早くも1年以上が過ぎた。イタリア語検定を受けてきてよかった。本当にそう思う。目指すものがあったから頑張れたし、おまけに夢も叶った。合格に向けておこなった勉強のそのどれもが今の仕事には活かされている。
最近は忙しいことを理由にイタリア語での読書がおろそかになりがちだ。文章を訳すことも仕事以外ではほとんどしていない。がむしゃらに本を訳していた時の、胸の高鳴りや深い感動を久しく味わっていない。新たな目標の設定が必要ということだろう。挑戦はまだまだ続く。